電留線

長いものを置く場所です

10月24日、高知へ……? / トライナリー質感旅行&列車旅

そんなわけで2日目に入りますが、今日も予定はあくまで予定とばかりにどんどん崩していきます。旅慣れてない方はあまり真似しない方がいいですよほんと。

そしてここでサムネ用の画像をひとつ。

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きっぷの話

さて四国に行くにあたり使ったきっぷの話を。こちらの4日間で特急や第三セクターも乗れるフリーきっぷを使いました。夏にも出ていたらしいので、もしかしたら今後も設定されるかもしれないのでお見逃しなく。ネット販売限定ですが送料無料なのが有り難いです。

最終的に駅スタンプだらけになるまで酷使できたので満足です。

 

質感旅行とは

導入としてもう一つ、この記事のタイトルにある質感旅行の話を。聞きなれないって人も多いと思うので。

『ガールズ ラジオ デイズ』というコンテンツのファンの間でよく使われている言葉で、舞台となった場所に行く際に使われています。先駆者の方が纏めていらっしゃるので、そちらを読んでいただければと思うのですが少し引用しつつ私からも。

ポイントを挙げれば

・おそらくVtuber界隈から輸入された

・キャラクターが実在していてそのまま喋って放送しているようなラジオの感触

・アプリ内で読める「つぶやき」というキャラクターがTwitter形式で投稿する「つぶやき」が小説のような形式とは違ってなんか質感がある

・キャラクターのディテールに関わる設定や行動が明示されると「質感がある」「質感が補強された」と感じる

・白糸結が初詣行ってハンカチと間違えてパンツ持ってくるあざといムーブを見せると配信主の質感があると表現される

・白糸結がつぶやきで「ひゃあ♡」とか言っていると配信主の質感があると表現される

・というか白糸結の言動はだいたい数十人くらいの囲い相手にキャスやってる配信主の質感がある

こんなところになるでしょうか。

こういう"質感"を感じるために現地に行くのが"質感旅行"ということになります。

私たちの世界のパーキングエリアなどには彼女たちがラジオをするブースはないですし、そもそも音声のコンテンツなので現地で見える景色が同じかはわからない、それでも人々は何かをもとめて現地へ向かうんですね。

 

続けて、今回の高知旅行でなぜこの"質感旅行"って言葉を使わせていただくことになったかについてです。

まぁまずはやっぱり同じ"実在"が鍵になるものだからですよね。この辺りは個々のbotで考え方の分かれるところですし深入りはしませんが、なんとなくでもわかっていただけるかとおもいます。

そしてこちらの方が大事なのですがもう一つ、高知ってトライナリーの中で間接的にしか語られないんですよね。

アプリに直接出てきたことはない……と思ってましたがそういえばココロスフィアでみやびの幼少期の回想がありましたね。実はらぶとーくの途中でみやびが高知に行くのですが、botの視点はとらいあんぐるに固定されています。私の覚えている限りでですが、デイトラでも出てこなかったかと思います。

そんなある意味トライナリーたちの"物語"から隔絶された場所だからこそ、そこに行くのは聖地巡礼ではなく質感旅行と言うのが正しいのではないかと思いました。

 

四国へ渡る

慣れないベッドでアラームより少し早く起きてしまったので支度をし、岡山駅へ。朝食を地下改札の近くのパン屋で確保し、ホームに上ります。


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ちなみにこの岡山木村屋、あの木村屋から暖簾分けしたものだとか。名物のパンがなんかあったらしいですが、知らなかったので普通にアンパンともう一つ惣菜パンをチョイス。まだ前の列車が据えられていて乗る列車が入るまで時間がありそうだったので、ホームで頂きました。

 

そして7時少しすぎ、銀色に青帯と黄色のアクセントを入れた3輌連結の車列が、赤いヘッドマークも勇ましく入線してきます。


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発車まであまり時間がないので写真撮影もほどほどにして席へ。進行方向右側の窓際を選びました。ちなみに写真の通りサンライズが遅れていましたが、特に待ったりはせず淡々と出ていったのでもし後述のSSをなぞるために使っていたらと結構ヒヤっとしましたね。危なかった……。

 

そんなわけで宇野線を走り出した列車でしたが、早速対向待ちで止められて少し遅れとなりました。その後もどこか抑えた走りが続き、やはり茶屋町までの複線化と高速化はさっさとやるべきという思いを強められましたね。

そして茶屋町からは瀬戸大橋に繋げるために敷かれた高速セクションへ。エンジンの音と振動が明らかに激しくなり、トップスピードを保って駆け抜けていきます。それに応じて窓の震える音も車内に響き、トンネルに入るとそこそこの強さで耳ツンが。

しばらくすると児島駅に着き、JR四国の乗務員への交代が行われました。結構停車時間があったのですが遅れはさほど縮まりませんでしたね。それでも走り出すと、列車は程なくして瀬戸大橋へ差し掛かり海の上へと躍り出ます。


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この規模で海を渡っていく鉄道橋って日本にはほかにないので、やっぱりテンションが上がりますよね。

目線を下に移すと金網越しに海が見えるというのも独特な感じがします。写真には撮っていなかったのですが、たまたま大きめの船が下を通っていたときなんかは特に面白かったですね。普段なら交わらないふたつの交通機関が束の間の邂逅をしている感じで。

右手に勇者であるシリーズアニメでお馴染みの建物群が見えてきたら、いよいよ四国上陸です。ついに振り子装置が解禁されたのか盛大に車体を倒しつつ、デルタ線を右折して宇多津駅へ滑り込みます。

 

山を越えて高知入り

宇多津では高松からのしまんと3号を後ろへ繋ぎ、全5輌となります。停車時間を削りつつ遅れも少し回復しました。

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讃岐平野を停車駅多めながら持ち前の加速力を活かしてキビキビと抜けて、琴平に到着します。

ここからはいよいよ四国山地を越えていく区間、このクルマの本領を発揮していきます。詳しくはこちらの記事に詳しいのですが、とにかくここを走り抜けるために造られたクルマなんですよJR四国2000系は。

どんな勾配も曲がりくねった線路も、持ち前のパワーと振り子で驚くほどの高速でクリアしていく姿には本当に痺れました。

 

次第に標高が上がり、周りが山で囲まれていくのは見てて本当に興味深かったですね。ちょうど雨だったんですが、雲が本当に近いんですよ。この写真は面白いカカシの群れがあったので偶々撮ってたものなんですがほんとこんな感じでした。

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あと列車は途中で景勝地大歩危小歩危を通りましたが、反対側だったので落ち着いて撮れなかったため帰路の再チャレンジを誓いました。

 

それとトンネルが大量にあるので、通信機器はろくすっぽ使えないですね。

みやびは普通に飛行機で高知に行きそうだけど、らぶとーく途中のお墓参りのときは突発だったから飛行機のチケット取れたのかってのには少し疑問も。もしかしたら鉄道で行ったかも、なんて思いました。まぁみやびはこのクルマのこととか知らないので、ガジェット類が使えんってふて寝してそうですが……。

 

そんなこんなで高知県に入り、土佐山田駅の辺りからは高知平野となり人跡がちゃんとある感じになってきます。

そして高架の高知駅へ駆け上がりこの旅路は終わりです。

 

高知観光断念と早めの撤退

さて高知には着いたものの、雨が強く当初の予定であった桂浜でみやびに幾度となく語られた土佐の海を見る計画は断念しました。

新型車両の南風に乗りたかったので1本早めて昼の列車に変えることにしたのですが、残り時間が少なめなので何をするか迷いました。近場ということでとりあえず路面電車のフリーきっぷ片手に高知城へ向かったのですが……

城内は水たまりが大量にあったり雨水が流れ落ちていたりと散々な状況だったので撤退することに。辛うじて板垣退助像は見れましたが。


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このまま駅に戻るのも面白くないので、目の前にあった博物館に駆け込みました。そこが意外にも当たりで、土佐弁の観光ガイドとともに様々な展示を堪能できました。今回は行けなかった高知城の模型なんかもあったのでそれをみやびと撮ってみたり。

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いや、コラボかなんかでみやびか萩原あみさんの音声ガイド実装しません……?そういえば大和ミュージアムには艦これの大和役の方の音声ガイドがあるとか聞いたことがありますし。*1

 

新型特急で戻り道

そんなこんなで高知駅に戻り、これまた今回の旅の目的の一つである最新型2700系による特急で土讃線を再び行きます。

道中のお供にはそこそこ有名なこちらの駅弁をチョイス。なお、改札外の売店とホームの売店は業者が違うらしく後者でしか売ってなかったので少し注意です。珍しさもさることながら、味も非常に美味でした。

そして行きとは反対側に陣取り、大歩危小歩危の風景を回収しました。ただ高速で駆け抜ける列車から外の写真を撮るの難しいですね……アクキーの位置取りも加わるので余計に。


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そしてこの列車からはとりあえず丸亀で降りました。『乃木若葉は勇者である』がアニメ化されそうな気配があるのでその前に丸亀城に先取り巡礼できたらと思ってのものでしたが、雨が止まなかったため断念しました。

 

徳島まで往復してみた

1日目同様ここから先はトライナリー関係ないのでダイジェスト気味に行きます。ここまでもそんなに関係なくない?ってのは言わない方向で。

 

というわけで宿のチェックインまで時間があるので何をして潰すか少し迷ったところ、2600系に今日のうちに乗ってしまえば明日の"しおかぜ"を1本遅らせて出発時間を6時から7時にできることがわかりました。というわけで徳島ラーメンを夕飯に食べるという名目で無駄な往復をすることに。こういうバカができるのもフリーきっぷの強みですね……。

というわけでちょうどきた8600系の"いしづち"で高松まで出て、そこから"しおかぜ"に。2600系の列車は出たばかりだったので、とりあえず2700系の列車で徳島へ。そしてラーメンを食べて少し時間を潰したら念願の2600系とのご対面です。


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2600系、少数派に終わった実験的要素の多い車両っていかにもオタク好みな感じですよね。いやまぁその背景に色々あるのでその一言で切り捨てるわけにはいきませんが、今回の本題ではないのでこれくらいで。気になった方は調べてみてください。

こういうクルマはどうしても短命になりがちなので、今回乗ることができて良かったですね。


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その後は駅近くの宿にて翌朝に備えました。

 

感想諸々

桂浜で土佐の海と対面するか〜〜と思っての高知観光の予定だったので、スカったのは消化不良でしたね。ただ、結果的に日の出てるうちに土讃線を往復できたのは良かったかなと。それに海の方は結果論ですが翌日以降めっちゃ回収できましたし。

前述の通りみやびがここを通っているかはかなり怪しいですが、もしそうだったらどう思うかというのを考えつつ乗れたのは楽しかったですね。やっぱり急に行くことになったらサンライズ→南風1号だと思うんですよね。そして昨日のフシミイナリーに続きアクキーの有効活用でした。

 

2000系は高速化を突き詰めたために快適性が怪しいクルマという評判は聞いていたのですが、間違っていなかったのだと再確認できましたね。昨日の500系とともに旅の目的にするならそういう尖ったクルマも好きですが、もし常用するならと考えると少しキツい気もしてきますね。とはいえ当時のJR四国のことを考えると、この手は間違っていなかったと思いますよ私は。

そして2700系、走りはより鋭くそれでいて快適性が大幅に上がっていてこれが新時代の車両かってなりました。まず車高がそこまで下げられてないのでドアをくぐる時に屈まなくていいのが有り難いですよね、背が高めなのでここは大事です。もちろん今の時代欠かせないコンセントがあって、土讃特急ではろくに繋がらないせいかサービスがなかったですがフリーwifi設備もあって。

あと2600系と2700系の違いは乗っている限りではイマイチわかりませんでした……。夜なのもマズかったかもしれません、傾斜角とか全然わかんなかったし。

 

この日の真の要点と宣伝

今回なぜ南風1号に乗ったかというと、もちろんちょうどいい時間の列車だからというのもありますが、もうひとつ大事な理由がありまして。

というのも実はとあるSSを書いたときにこの列車を舞台にしまして、実際に乗ってみたくなったんですよね。ちなみに書く際にはネット上に上がっている動画や、同じ列車の別の号に乗ったときの記憶を参考にしていました。

さてそんな話を寄稿した拡張少女系トライナリー二次創作合同文集『こういうのが好きなんですね』は、最近電子版の配信が始まりましたのでよろしくお願いします。モノ自体には年齢制限かかってますが私の話は全年齢なものです、というか殆どの人が全年齢な話を出してました。

 

 

というわけで次は3日目、改めて高知入りした私を雄大な土佐の海が迎えてくれます。ご期待ください。

ボカロ聴きの立場から語る『ミライkeyノート』のReflectionと、香澄が歌った意味

 

PRISM☆LIVE!3rd STAGE~Reflection~、最高でしたね。私は当日券が出たので夜の部だけ辛うじて参戦できたのですが、半ば無理を押してでも行った甲斐があったと思っています。

さてライブ自体の感想は諸事情あって"今は"投稿できないので、代わりにひとつの曲についての話を。

私が参加できた夜の部にて披露された『ミライkeyノート』は、岩橋由佳さんが恐らく本城香澄として歌ったものでした。そのことについて、あのアニメの世界におけるボイスノイドに似たものであるこの世界のVOCALOIDの楽曲たちに"胸を熱く"させられた者のひとりとして言語化してみたいので試みます。何かが伝われば嬉しいです。

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一応付け加えると、この章のタイトルは夜の部ラストの牧野天音さんのお言葉より頂いてます。

 

 

VOCALOIDが"歌う"意味

さて、まずは少しボカロ曲というものについて掘り下げてみようかと思います。

あえて厳しく断言してしまうならば、VOCALOIDDTMにおいて用いることのできる楽器の1つです。そこに人間の歌手のような歌い手の意思は介在しないこととなり、作者の意思で曲の全てを支配することが容易になったというのが意義の1つとしてあると考えています。今までそれはインスト曲に限られていましたが、ボーカル曲という形でより広い人々に届けやすくなりました。

確かに初期の有名曲を中心に、VOCALOID自体を扱ったいわゆるキャラソン的な曲は散見されます。しかしそれらもあくまでそのPがうちの娘のために用意したもので、そのVOCALOID総体に適用はできるとは限らないのです。

 

少し離れたところから、これについての例示をしましょうか。

Caligula -カリギュラ-』というゲームがありまして、この作品ではモチーフの1つにVOCALOID的なものを入れ込んでいます。それ故に主人公たちが敵として対峙することになる"オスティナートの楽士"たちには様々なボカロPが書き下ろしたテーマ曲があるのですが、そのどれもがそれぞれの楽士の個人的な理想とトラウマを詰め込んだものとなっているのです。

そういうものもありうるという認識が聴き手の側に既に醸成されているからこそ、こういう仕掛けをすることができたのだと私は考えています。

またもう一つ別の例を、ボカロ曲って物語音楽が結構あるんですよね。

古くは悪ノ娘や少女の空想庭園に森ノ宮先生なんかもありますが、やはりカゲロウプロジェクトからの大爆発期は無視できないです。

もちろん人間の歌手を使った物語音楽は以前からありましたが、作詞作曲者からの曲全体の統制のしやすさという面からボカロ曲の形でより広まったのではないか、というのが私の見解です。

 

アニメを観る我々からの『ミライkeyノート』

さて現実のボカロ曲の要素について少しお話ししたのですが、Re:ステージ!ドリームデイズという作品の中のミライkeyノートという曲の場合少し事情が変わってきます。なぜならば第四の壁の向こう側にいる私達は、この曲について登場人物たちを通してしか知ることができないからです。それ故に、私たちは本来なら重要なはずの作詞作曲者の情報を得ることができません。

しかし、この状況においてはむしろそれがプラスに働きます。何故ならこの曲に触れたKiRaReのメンバーは、いずれもボイスノイドを専門に聴いているわけではないからです。いわばほかのアイドル曲と同列に聴いている状況で、曲自体よりも彼女たちがそれを介して何をしてどういう感情の動きをしたかの方に重点が置かれています。だから、余分な情報として捨象されたとも言えるでしょう。

まぁ要は前章にて述べたような御託を並べてボカロ曲に向かうのはその分野のオタクだけってことです。私たちの生きる世界でも、ボカロに限らずヒット曲って大抵そう聴かれてしまうものじゃないですか?

 

ではミライkeyノートがボイスノイド曲であることの意味はないのかというと、そうでもありません。前述の通りボイスノイドは人の意思から離れたところにあるので、KiRaReのメンバーそれぞれの心の動きを極力邪魔せずに反映できるんですよね。それこそ3ライブのタイトルであるReflectionですよ。

だから紗由はミライkeyノートに共感しておどったし、舞菜もそれに続き、部長も紆余曲折を経ましたがターンを決めることができた。

かえが心を動かされたのも、"舞菜と紗由が歌う"ミライkeyノートを聴いたからでした。ここは少し応用的ですが、舞菜と紗由から連鎖してメンバーとなったことを反映しているといったあたりでしょうか。

 

※12/02追記

かえについての思索が甘いと思ったので、補遺という形で掘り下げました。良ければこちらの記事もどうぞ。

 

ここぱんなに香澄の声が使われているというのは確かにありますが、そこにもちゃんと配慮がされています。実は香澄とミライkeyノートという曲が直接交わる地点は設けられておらず、徹底的にここぱんなと一対一で向かい合うような描写になっているんですよね。私の覚えている限りでは、ですが。

 

 

『ミライkeyノート』を本城香澄が歌うということ

さてお待たせしました、章題のようにようやく本題に入ります。もちろん香澄が過去を乗り越えた証の一つとして捉えられますが、それは色々な方が触れられているので別の切り口にてです。

 

私たちの世界においてVOCALOIDと中の人の距離は様々ですが、一般的に両者はある程度距離を置く形になっているんですよね。あくまでボカロはボカロ、中の人は中の人という形で。それゆえ、中の人がカバーするというのは滅多にありません。

※11/28ミクさんの項を追記、ウナちゃんの部分も一部変更

これの一番良い例はやはり初音ミク藤田咲さんでしょうか。片方はクロスフェードになりますが、同じ曲を歌っているのに明らかに声が違うことがわかるかと思います。

またその次にクリプトンフューチャーメディアから出た鏡音リン・レンも、下田麻美さんの声からある程度ズラしてきています。

リンリンシグナル (feat. 鏡音リン・レン)

リンリンシグナル (feat. 鏡音リン・レン)

  • シグナルP
  • ポップ
  • ¥153

こうした先駆者がいたために、前述のような風土ができたのかもしれません。リステ世界ではここぱんなの中の人は非公表ということですし、もしかしたらより強くこの傾向はあるかもしれません。そうなるとそもそもカバーする機会が本来ならないはずですし。

 

リステ声優さんの中では、田中あいみさんがVOCALOID音街ウナの声を担当されています。こちらはボイスマテリアルという形で掛け声などの音声素材も同梱されるため、声優さんに割と寄せているという最近増えてきたタイプですね。以下の動画をはじめとしたサイゼPの曲を聴いていただければなんとなくボイスマテリアルがどういうものかわかるかと。

最近では寝息や寝言のボイスマテリアルにインストをつけた曲なんてのも出ており、活用方法は非常に様々です。

そしてニコニコ動画にウナオリジナル曲のタグを付けて投稿されている動画は、この記事を書いている時点で約1500件*2あります。もちろんそれ以外の場所でも曲は発表されているでしょう。

しかし、田中あいみさんがその曲をカバーしたことがあるのは、2周年記念アルバムの際のたった一度、それも一曲だけなのです。

どぅーまいべすと!

どぅーまいべすと!

  • キノシタ
  • J-Pop
  • ¥255

 

だから希少なんですと締めるつもりだったのですが、香澄とここぱんなの場合さらに一段階あることに気づいたので続けます。

ここぱんなの声の担当者は非公表で、舞菜がたまたま気づけたのもその精度の高い耳があってこそでした。そのような状況でも、香澄がミライkeyノートを正式にライブでカバーしたとなると、舞菜以外にも気づく人は出てきてしまうでしょう。

そうなるとやはり、分かってもらうことを前提に歌ったということになるのではないでしょうか。自分と同じ声をしたモノとともに夢を追い続けることを改めて宣誓するように。

 

いやそれにしてもあっちの世界で突然この曲投げつけられた香澄推しがどんな風に叫んだのか気になりません?絶対崩れ落ちて死んでるでしょ。

 

 

終わりに

Re:ステージ!の香澄を通じたVOCALOIDへのこの眼差し方は、直接用いないコンテンツからこそできるアプローチで特徴的ですよね。私にとってもこうした形でVOCALOIDを見つめ直すいい機会になりました。

サムネに使ったように、かえがボイスノイドについて解説するとき胸熱の言葉を使っているんですよね。しかもあのカキコと同じ文脈で。*3これだけでも、VOCALOIDというものにアイドルコンテンツでしっかり向き合うというリステの覚悟が私には伝わりました。それに応えたいというのもこの記事を書いた動機のひとつにあります。

 

Re:ステージ!というコンテンツの中でも、特にオルタンシアにはヒゲドライバーさんをはじめとして様々なボカロPが曲を提供しているというのも面白いですよね。

そして何より、香澄の相方であるかえのソロ曲『ガジェットはプリンセス』が、ボカロの特性を活用した曲で名を上げたsasakure.UKさんによるものというのはもっと特筆されるべきだと思います。別の記事として書くかもしれませんし忘れてしまうかもしれませんが。

※12/02追記

というわけで書きました。読んでください

 

こういう信頼とともにリメンバーズとしてこれからを見届けていけたらと思いましたね、あのミライkeyノートを聴いたからには。

 

 

長くまたとりとめない感じになりましたが、ご静聴ありがとうございました。

10月23日、伏見稲荷へ / トライナリー聖地巡礼+α

 

はじめに

少し時間ができたのとちょうどいい切符があったので、四国高知に行くことにしました。そしてついでならということで、行きがけに京都にも寄ることに。まずはその1日目の様子からです。

TGSで登場したフォトフレームアクキーを連れていくことにしたのですが、最初の方は使い方に迷いがあり色々と試していますね。後の方で固まってきますが。

これはサムネ用の写真です。この辺りで使い方が固まってきました。

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京都まで

始発電車に乗って東京駅まで出て、そこから新幹線へ。乗り換え時間が若干怪しかったのですが、なんとかのぞみ3号に乗り継ぐことができました。

前日夜は気持ちが落ち着かなくてあまり眠れておらず、結構ギリギリでの進行でした。中央線ですこし寝ようとしたりはしたのですが。

乗り継げるか微妙だったので自由席にしておきましたが、なんとか進行方向右側の窓側、すなわち富士山側の席を確保できました。とはいえ非常に眠いので、外を見たり寝たりを繰り返しながら西へと向かいました。

 

以下、道中で気になった雑多なもの諸々です

東海道新幹線に乗ったらやっぱり富士山。よく晴れていて本当に綺麗に見えました。

これは音街ウナ公式アカウントのことですね。浜名湖東海道を往くときはついつい気にしてしまいます。

新東名は山の中を通ってるので新幹線からはNEOPASA岡崎は見えませんが、それでも地名から気になってしまいます。

 

名古屋で結構乗ってきて、すこし経つと京都駅に着きました。ここで荷物を置いて、在来線で3駅行くと伏見稲荷の最寄りである稲荷駅に着きます。



拡張現実系フシミイナリー

駅を出るとすぐ、明らかに入り口然としたものが目に入ったのでそちらへ。大きな鳥居や門をくぐり少しいくと、鳥居の連なるいかにもそれっぽいエリアになっていきます。

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実は伏見稲荷には以前に家族旅行で一度きたことがあったりします。もう結構前になるのであまり覚えていないのですが、最初の鳥居が連なるあたりで引き返した気がします。その時の記憶とほかの相棒botの方からの情報などを基に、まずはその辺りをウロウロしていきました。

 

まだ空いていそうなので早めの時間にしたのですが、海外からの観光客の方が多かったり修学旅行の学生が動き始めていたりで思っていたよりも人がいました。それでもなんとかいろいろ工夫してみて、想定していた画が撮れました。

 

そしてせっかくだからと山頂まで登る事にしました。軽い気持ちで始めましたがこれがかなり大変で、延々と階段やら坂やらを登る羽目になりました。前述の睡眠不足に加えここのところ運動不足でもあったのでより応えましたね。

でも展望台からの景色は良かったですし、頂上まで行ったからこそ得られた知見もありました。この辺りは感想としてこの記事の後の方にまとめてあります。

 

神域の山だけあって電波は入ったり入らなかったりしたので時間は参考になりませんが、こんな感じでした。

 

おみくじを引いたのですが、恋愛運の結果が自ら行動しなさい……何をすれば行動したことになるんだろうか、彼女と再び逢うために。あと今回海の旅の予定なので旅行運の項目には少しびっくりしましたが特になにもありませんでした。

 

つい写真を撮ってしまった鳥居の文字です

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そんなこんなで山を降りました。登ってきたところを引き返さないといけないので、これまた結構キツかったです。

 

 

京都〜岡山

当初このあとに行くつもりだった京都鉄道博物館は休館日だときっぷと宿を取ってから気づいたので、適当に時間を潰して宿まで行きました。トライナリーはほとんど関係ないのでダイジェストで、読み飛ばしても構いません。

 

石風呂を聴くティーンエイジャーだった頃があるので、前々から行ってみたかった天一の本店で昼飯に。副産物として京阪のダブルデッカーに乗れたりもしました、地下区間だけでしたけど。それと叡電にも。


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京都駅に向かい適当なホームのベンチで行き交う列車の音を聞きつつぼーっとしたりしていました。眠気と疲労がマックスだったので。そして再びの新幹線で京都を離れ新大阪へ。

 

新大阪からは、どうしても500系に乗りたかったのでこだまへ乗り換えました。旅程を立てる時には号数なんて全く気にしてなかったのですが、まさかの"七五三号"で流石にちょっと驚きました。

久々の乗車になりましたが、その精悍なボディはかつてと変わらず、たとえ「こだま」だとしてもまだまだ鋭い走りを見せてとやっぱり500系はやっぱり『夢の超特急』の言葉が似合うなと再認識しました。

 

そして四国行きの特急の始発駅である岡山の駅近くのビジネスホテルに泊まり、明朝に備えます。

 

 

伏見稲荷に行ってみての感想

伏見稲荷といえば数多く連なる鳥居ですが、あの鳥居の一本一本に奉納した人がいるんですよね。先ほどのみやび商産みたいに。そして行ってみて初めて知ったのですが、あそこには色々な神様が祀られていて、それらにもまた御利益を求めて色々な人が奉納しているんですね。

すなわち色々な人の願いが集まっている場所というわけで、何か非常に"トライナリー的"な場所だなと思いました。それだけにみやびが婚約の場としてここを選んだのが面白いなと。

 

上の話から続けて宿願について。今回はしていません。日付が違うってのもありますが、主なのは今の自分は色々な理由からまだ彼女を受け容れられる状況ではないからです。だからまたいつかきっと行きます。

 

稲荷山はそれ自体が神域ということですが、入った時に何か空気が冷たく引き締まったような感じを受けて不思議だなと思いました。まぁ動き回って暑かったので上着はずっと手に持っていましたが……。

実は少し前にアニメ最終回後の衝動に任せてとある作品の聖地巡礼で高尾山にも登っていたのですが*1、その時にはここまでの感覚は受けませんでした。同じ信仰の対象となっている山でも色々と違いがあるのかもしれません。

 

大きな台風の後に行くこととなりましたが、地面がぬかるんでいるところがあったり、今まさに修理している鳥居があったり、鳥居をとりあえず抜いただけで大きな穴が開いていたりと爪痕らしきものが所々にありました。それでも奉納した人の想いは消えないと、今ならそう言える気がします。

 

今回初めて持っていったフォトフレーム風アクキー、トライナリーのアプリ画面風に撮れるのがとても面白いと思いましたね。彼女たちにピントが合っているけれども背景はぼやけていて。アプリに触れられなかった方がこの記事を万が一読んでいるといけないのでスクショを貼っておきますが、まさにこんな感じにできるんですよね。*2

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その他雑多な感想

例え同時多発テロがなかったとしても、空港以外での手荷物手続きはなんらかの事故か事件で取りやめになって、はるかの荷物室は無用の長物になってそうだなと今は亡きK-CATに想いを馳せたりしていました。

 

500系との対面でマジの限界オタクになってたけど仕方ない。性能と実績とデザイン"は"兼ね備えた不動のイメージリーダーだから(なお快適性汎用性etc……)。

そしてこんな実質概念も導入してしまった。(500系はRe:ステージしている説)



 

 

そんなこんなで1日は終わり、ついに四国入りして高知へ。次の記事に続きます。

 

*1:Re:ステージ!というものです。これもいつか記事にできたら。

*2:このスクリーンショットに関する権利はコーエーテクモゲームス様に帰属します。

8月31日、三戸浜より / トライナリー聖地巡礼

少し時間が経ってしまいましたが、回線切断から1年が経ったのを機に三戸浜に初めて行ってみたときのことを書き残そうと思います。

 

 

始まりと横須賀

当日は所用があったので少しスタートが遅くなり、2時15分の快特泉岳寺を出ることになりました。本当は回線切断の時である3時までに着きたかったのですが。

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三崎口行きの2100形快特かつ始発駅からということで、運転台直後の席が取れたのでそちらへ陣取りました。

 

列車は順調に駆けていき、しながわ水族館最寄りの大森海岸駅を通過したりしながらも西へ南へと向かいます。しかし3時までに横須賀中央にたどり着くこともギリギリで叶わず、車中でその時を迎えることになりました。

3時少し過ぎに横須賀中央駅に停車し、そちらで少し降りることに。まずは駅前デッキでみやびchのホーム画面でよく出てた場所を見てみました。彼女もここに立っていたのかもしれないと思うと、普通の駅前も少し特別に思えました。


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そして昼食がまだだったのでみやびMVラストに出てくる海軍カレー本舗さんへ。流石にこの時間なら大丈夫かと思いきや、少し待ったのは予想外でした。

みやびと同じ島風カレー(島風の積んでいた魚雷の本数にちなみ15本ものウインナーが載っている)は流石に無理そうだったので、とあるゲームで大変お世話になった陸奥のカレーにしました。ところで島風カレーができた理由として前述のとあるゲームが大きいらしいですが、あのフェノメノンの中にも似たようなものがあったんでしょうかね。


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こちらはこちらでオニオンリングがけっこうありましたが、時間もあってか無事完食できました。中辛にしたのですが、艦名にちなんで青森県産の林檎が入っているので辛口でもよかったかもしれません。

 

その後は駅に戻り、本来の目的地を目指します。時間が若干怪しいので今回は三笠公園はパスしました。

 

 

久里浜線に入り三崎口、そして三戸浜へ

再び快特に乗って次の停車駅である堀ノ内を出ると、列車は久里浜線に入ります。そう、みやびが最初のデイトラで紹介していましたね。

海岸線を走る訳ではないのですが、YRP野比〜三浦海岸の辺りではこのように左に遠く海を望むことができて、みやびの言ってたことは本当だったんだな、となりました。


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そして列車は三崎口駅に滑り込みました。ここからはみやびの過去のツイート、およびその情報を基に有志がまとめた聖地マップ*1を参考に三戸浜を目指します。道中でふとソラを見上げましたが、青と雲の白の織りなす色彩が非常に良かったですね……


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行きのルートにはみやびのお気に入りだという道を選びました。彼女のツイートを道標に、最後の最後で未舗装路になるのに少し慄きつつ、ようやく三戸浜と対面しました。


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海岸線を行く

さてここからすぐ海岸に降りても良かったのですが、なんか船が係留してありどことなく私有地感があったので一度ほかに降りれる場所がないか探してはみました。しかしちょうど良いところがなかったので、結局ここからにしました。

 

長いこと海になんて来たことがなかったので潮風も足元で踏み締める砂の感覚もどこか新鮮で。なんとも言えずとりあえず眺めながらウロウロしていました。


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その日は三崎口に降りた時から風が強く、海岸に立った時には海から強く吹き付けるものとなっていました。だからでしょうか、空と海の青と雲と波の白で占められた景色を前に自然と歌が口から溢れでてきました。近くには聞こえなくてもいい、でも風にのってどこかへ届いてほしいという想いとともに。

ソラノキヲク

ソラノキヲク

  • FreyMENOW
  • アニメ
  • ¥250

そのまま左の方に進み一度道路の方まで上がりました。日が傾きかけていたのでここで帰ってもよかったのですが、地図を見たところ気になるところがあったので少し寄ってみることにしました。

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それがこちらの漁港の……なんて言うんだろうこれ?調べてみた感じ沖堤防でしょうか。

ともかく神楽が発症したところっぽかったので行ってみましたが、なんとなく雰囲気は感じられました。

 

この辺りになるとキャンプとかしてる人も多い上に日がいよいよ傾いてきたので足早に立ち去ります。その途中で見た海に沈んでいく夕陽は非常に綺麗でした。

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帰り道

駅へと戻る道はルートを変えて、キャベツ畑の中を行くことに。

もちろん時期外れで何も植わっていなかったのですが、坂道を登りきって畑のある丘に着いたとき、まるで誰もいない世界に1人放り込まれたような不思議な気持ちになりました。


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こんな風に一面の畑が広がっていました。時々車は通るのですが、中に人がいるとしてもそれはやはり無機質で。ひとっこひとりいない中を駅までただただ歩くことになって。

不思議と寂寥の中に興奮のようなものも感じて、みやびも時々こんな時間に出歩いてたりしてたらいいなとも思いました。

 

そんなこんなで駅に着いたときにはすっかり暗くなっていました。どうやら横須賀で花火大会があるらしく、浴衣を着た人やカップルが多かったのを覚えています。私も相棒と見れたら良かったのですがね……

そんな未練は置いておいて、どうせ川崎で降りるからとすぐに出る都営線直通の銀1000の快特に乗り込みます。そして南武線に乗り換えたりして家へと帰りました。


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総括

今までムギマルやシャッツキステなどには行っていたのですが、みやびと特に所縁のある地に行ったのはこれが初めてでした。回線切断から1年というのもあってか、彼女の影を感じようと強く願っての小旅行となり、実際それはなんとなく達成できた気がします。

後ほどまとめる予定の旅でまた行きたくなる理由ができたので、再挑戦したいですね。土佐の海と相模の海を改めて比べたいというのと、フォトフレームアクキーを活かしたいという理由からです。

 

最後に、帰りの電車でつい聴いた曲のひとつを貼っておきます。夏が終わって忘れてしまったことがあっても、あったことはなかったことにならないという曲だと私は思っています。

忘れてしまった夏の終わりに

忘れてしまった夏の終わりに

  • じん
  • J-Pop
  • ¥250

 

 

 

 

 

余談(本当にどうでもいい話しかない)

  • なんか見覚えしかない名前の保養所がありました。ちなみに時期的には8話と9話の間辺りです。

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  • 川崎で夕飯に迷い結局JRの駅そばにしたものの、いつのまにかボロいが個性はありそうなものから小綺麗なチェーン店に変貌しておりどこか物寂しさを感じました。
  • ミク誕合わせで推しのボカロPがとんでもない動画*2*3を出してきたりグランベルムをリアタイ*4したりで前日なかなか寝れなかったのですが、なんとか1日やり過ごせました。でもちょっとキツかったかも。
  • 上記のような就寝の中でなんとなく相棒から電話がかかってくるような夢を見た気がするのですが、夢は起きたら忘れてしまうタイプなのでどんな風だったかはよくわかりません。